むじなが夢みた大空

崖っぷちどうぶつ好き大学院生の奮闘記

報告書論文のイントロ=ゆるふわ

みちらさんの怒りは昨日収束した。

自分が何かしたわけではなく、

みちらから謝ってくれた。

いままでで最短ではないかと思うほど、

早く収束したのでほっとした。

よかったー

 

昔からの論文書きについては、

季節変化の重要性を強調するパラグラフを

入れようとして、暗礁に乗り上げた。

 

そして、他のパラグラフも不安になってきて・・・

ぼかーん

データの新規性はあっても、

意義なんてないのではないか。。。

 

現在の指導教官とエレベータが一緒になって、

少し相談した。

 

「報告書論文としてかくんだねぇ~」

 

「報告書論文ってどうやって書くんですか?」

「みんな、記載論文として簡単にまとめれば

 いいと言うけれど、どうすればいいのか、

 さっぱりわからないんです」

 

「結果や考察と対照になるように書くのだよ」

「比較がメインの結果なら、比較について書くんだね」

 

「比較は行為だから、目的にはなりませんよね?」

「そうすると、なんで比較するかが必要になるのですが

 よくわからなくて」

 

「そうだねぇ。優占種を比べているのだから、

 都市生態系に影響を与えるかもしれないとか、

 たくさんいるから比べましたみたいな感じじゃない笑」

「ゆるふわ系だよ。明石焼きみたいに。だしが効いてる感じ笑」

 

 

 

 

 

明石焼きってなんだ!!??

 

 

 

じゃなくて、そんなゆるふわでいいのか!?

 

 

 

もうわけわからんよ。論文の意義づけ。

さんざん、研究には新規性と意義が必要と教えられたのに、

報告書論文ではゆるふわなのですね。

十分な意義がたてられないのだからしかたがないという

コンセンサスがとれているのだろうか。

 

 

■記載論文はゆるふわなイントロを書く■

 

明日はゆるふわな気分で論文を書いてみよう。

 

そして、論文を読むときは、記載(報告書)論文か、

主張のある論文かを見極めて読むようにしよう。

そうしないと、記載論文の中のゆるふわな意義に

振り回されてしょうもない意義に時間をさきそうだ。

 

変われない自分

さっそく昨日、ブログ書きを怠ってしまった。

というのも、大きな失敗をして自暴自棄状態だったためである。

 

そう、約束をやぶり、期待を裏切ったために、

みちらの逆鱗に触れたのである。

 

おとといのことである。

みちらは休日出勤して仕事をに目途をつけ、

どうにか明日、自分とすごす時間を作ってくれた。

「これから年度末にかけて、こんな風な休みはもうとれないかもしれない」

「だから明日は、年末に雨で行けなかった思い出の公園にいこう」

「無理しないように、朝10時には出発して早めに帰ってこよう」

 

その後、軽く晩酌をした。

めずらしくみちらが飲みたいというのだ。

だいぶ疲れがたまっていたようだし、

お酒を飲めるのは今日しかないといっていた。

仕事の前日には飲まないからだ。

 

晩酌では、いつものように会社の話を聞いた。

「派遣なのに、社員と同様に働けと言われる」

「そのくせ、自分の実績は残らない」

「仕事を減らしたいといっても、無理に積まれる」

人間関係でもだいぶ疲れているようで心配である。

外から話を聞いているとパワハラにしか聞こえない。

本当に無理しないでほしい。

 

「派遣元や行政に相談してみたら」

「そんなことしたら、自分だけくびになる」

「社員になるか、単純な派遣として働くか決めて、

 そのとおりにするしかない」

八方ふさがりである。

無理してからだもこころも壊さないでほしい。

おとといはこれで寝た。

 

昨日の朝のことである。

先に目覚めたのはみちらであった。

「9時半だっ!起きなきゃ!」

「無理しておきなくていいよ、寝たいだけ寝てよいよ」

「いや、起きる」

 

「ねむい・・・」

・・・

「もういい、いかない!」

「・・・!!どうして、起きるよ、行くよ!行きたいよ!」

「いい。いかない」

「え、いこうよ、大丈夫だよ」

「いかない!寝てれば!!!!」

「(・・・先に起きて準備してるよ)」

起きて着替えた。

 

10時になった。

みちらは起きてこない。

 

誘いにいった。

不機嫌そのものである。

「(起きて、行こうよ・・・)」

「(でも、無理させたくないから起きるまで横にいよう)」

横で数分の時間が流れた。

不意に起き上がるみちら。

 

無言で立ち去る。

「(あっ。やってしまった。。。)」

あと追いかけて、公園に誘うも、

「いかない!!!」

の一点張りである。

 

「わたしが何のために、どれだけ頑張って

時間作ったと思ってるの!?」

「それなのに寝るの!?」

「どうしてわかってくれないの!?」

 

言い訳のしようがない。

みちらを思って、行く場所が変わってでも、

のんびりしてほしいと思ったのは本心である。

自分が眠かったのも弱い自分の本心である。

 

これらの本心から出た言葉は、

「結局寝たくて、行きたくないんでしょ?

しかも、わたしを言い訳にするってどうゆうこと!?」

となった。

 

「行きたくないわけじゃない、行きたいよ!」

「行きたいなら、なんで眠いなんていうの!?」

「普段と違う特別な日なんだから、行きたいと思ってるなら

 起きるでしょ!!」

 

こうなったみちらには決して勝てない。

どんどん切られていく。

放心状態で過ごす一日。

みちらは無視モードに入った。

 

そして今日もう一度話をした。

「わたしは疲れてても行きたかった」

「今日を逃したら、年度あけるまでいけないって言ったじゃん」

「ごめん、みちらのためと思ってやったけど、

 みちらの気持ちをちゃんとわかってなかった」

「はぁ!!!」

「あれだけ言ったのにわからないの!?」

「もう5年だよ!?」

「毎回変わるっていうけど、何も変わってない!!」

「変わる変わる詐欺だ!!」

「結局、いつまでたっても、わたしのことわかってくれない!!」

「ごめんなさい・・・」

 

 みちらは問う。

「何を変えるの?」

「わたしはあとどうしたらいいの?」

正直わからない。

 

「もういや」

「アパート契約更新しないから」

「あたらいいアパート探して!」


 

自分はどれだけだめなのだろう。

もう何度目だ。

両手でも数えられなくなるのではないか。

このままずっとこうなのだろうか。

そんな生活をみちらは望んでいない。

自分はこのまま変われないのだろうか。

・・・自信がない。

 

一緒にいたい。

でも、変わると宣言する自信がない。

今まで一度も変われなかった。

弱すぎる。

結局、覚悟がないのだ。

 

今もまだ、話に目途はついていない。

自分の気持ちの整理もつかない。

放心状態からブログを書くところまで、

ようやく帰ってきたところだ。

 

一緒にいることのできないつらさと、

変わるためのつらさ。

どっちがつらいかは明白である。

 

何を変えるかだ。

 

今回、数日前から危機を察知することはできていた。

怒らせてしまった後は、

なるべく怒りを出してもらうようにできたと思う。

 

だが、結局回避できなかった。

「気持ちをわかってなかった」と説明したことで、

さらに怒らせた。

 

やはり回避が重要だ。

危機の察知後は、いかなる言動も自分の自己管理化におき、

言い訳する必要のないよう、自分を律する必要がある。

また、期待してもらっていることを理解し、

期待に沿えるよう最大限努力する。

 

これらには、自分を確実に動かす自信と記憶力が必要である。

具体的には、生活リズムの改善とメモをとることで改善できるはずである。

①生活リズムの改善と30分マラソン。

朝7時半までに起きる。

朝10時までは論文を書く。

夜11時ごろブログを書く。

夜1時半には寝る。

30分ごとに作業を区切り、できふできを評価する。

 

②大事なことはメモする

記憶力がないので、メモをする行為で記憶に残りやすくする。

時間は携帯のアラームに。

大事なことは手帳やブログに。

それ以外はノートに。

 

あきらめず、繰り返し行うことで、

自信と記憶力をつけよう。

 

でも、なにより大事なのは、

みちらの気持ちがわかるようになること。

■よくみて常に内部状態を意識すること■

 

最初の段階、

「もういいっ。いかない!」

の一言を聞いて、すぐに気持ちを察し、

許してもらえるように。

 

みちらの体調をみて、

もう一度、話してみよう。

30分仕事マラソン

どのように仕事をすれば、飽きずに達成感を持っていられるだろう。

最近試しているのは、作業時間を30分毎に区切る方法だ。

どこでこの方法を見つけたのかは忘れたが、

自分にとってかなり有効なように思う。

 

第一に、無理矢理にでも作業を細かく分けるので、

達成可能な目標設定をたてやすい。

目標を達成すれば、やる気が持続されるし、

もし達成できなくても、やる気がなくなる前に修正できる。

 

第二に、時間の大切さが認識できるようになってきた。

30分一コマと考えると、ご飯の後の休憩や、

集中力が途切れてサボった時間、

トイレで必要以上にのんびりした時間など、

無駄時間で損した作業量がわかるようになってきた。

トイレや食堂への移動も勝手に早歩きになっている。

 

第三に、休憩を意識的にとれる。

休憩時間も30分と決めることで、十分な休憩を

終わりを意識してとれる。

もちろん、休憩の取り過ぎにも気づくことができる。

 

■結論:30分仕事マラソンのご利益■

30分仕事マラソンは、

作業時間と仕事の成果を意識づけることで、

仕事の生産性をあげることができそうだ

 

これまで3日間いい感じで続けてこれた。

これからも続けて、

生産性の高い人間になれるようがんばろう。

 

このブログも独り言を書き続けて、5日目。

記憶の掘り起こしや、

自分の意見を表現する勉強になっているみたい。

3日坊主を脱したから、次は一週間までがんばろう。

アニメをみる対価?

前にマンガのご利益という日記を書いたが、

今日はアニメの対価についてかく。

 

なぜなら、今日はアニメに引きずりこまれたことで、

時間と自信を失ったからだ。

 

昨日から、午前中を家での論文書きの時間と定め、

朝、論文を書いている。

 

論文書きの時間を終えると、お昼になっていたので、

家で昼飯を食べてから大学に行くことにした。

・・・今思い起こせば、これが自信喪失につながる悪手であった。

 

その後は以下の様である。

① お昼ご飯を食べる時間くらい自由でいいよね

② アニメを見ながら昼ご飯を食べよう

③ アニメの続きが気になるな

④ 昼ご飯をのんびり食べよう

⑤ 昼飯食べ終わったけど、アニメが終わらないなぁ

⑥ 食休みとして寝っ転がってアニメ見よう

⑦ 眠くなってきた

⑨ いつのまにか昼寝に移行

⑩ 3時をまわる

⑪ 落ち込む

⑫ 頭の回転がにぶくなった・・・

 

われながら情けない行為である。

そりゃぁ自信喪失もするは。

全くほめられた行為でない。

 

また、自信喪失とは別に、アニメが終わった後に、

考えるのが難しくなった。

 

まだ確信はないけれど(認めたくないのもあるかな?)、

アニメを見た後は頭の回転が下がるようだ。

 

マンガは能動的に読むのにたいして、

情報が受動的に入ってくるアニメは、

頭の回転を止めるのかもしれない。

 

もしそうなら、頭の回転を止めたいときや、

とめても問題ないときにみるべきであり、

そうでないときに見るのは不効率である。

 

まずは、アニメを見る時間を回転がとまってもよい

夜にシフトさせ、自分の活動の様子を見てみよう。

 

■アニメを朝や昼間に見てはダメ■

 

めでたい焦り

今日、友達が結婚することを知った。
昨年から6人目だ。

もともと友達が多くないので、
この人数は以上事態だ。

自分は何年間か学業にブランクがあるので、
結婚ブームが到来するのは納得だが、
よもやこれほどか。

いまでも交流の多い友人の半数以上が
最近結婚している。

それに比べ、自分はいまだ学生であり、
収入面及び自信のなさから踏み出せないでいる。

迷って止まってる時間はない。
焦る必要もないけれど、
早く自信を取り戻さなければ。

こんくるーでぃんぐせんてんすって何?

文章のひとかたまり(paragraph)の
結論文(concluding sentence)には何を書くのだろう?

ロジカルシンキングの初歩を学んだり、

英語のパラグラフライティングの授業を受けるなかで、

結論文に何を書けばいいのかわからなくなってしまった。

 

そもそも、パラグラフ内の文章には配置と内容に決まりがあるのだ。

手元の資料を参考に書くと・・・

  • Topic sentence:
    パラグラフで語る内容全体について、一般的な言葉で説明する文
  • Supporting sentence1(Body1):
    Topic sentenceの内容の詳細を説明する文。
  • {Supporting sentence2-X(Body2-X)}
  • Concluding sentence:
    パラグラフで与えられた情報を要約する

Concluding sentenceにはパラグラフの要約を書くらしい。

でも、そのとき、Supporting sentenceで列挙した内容を

まとめて、いいなおすだけでよいのだろうか?

それとも、情報を要約して新たに何かメッセージを

発信するための文なのだろうか?

 

英語の授業の先生(外人)に結論文に何を書くべきか聞くと、

英語が得意でないため、深い理解はできなかったが、

summaryとargumentという単語はかろうじて聞きとれた。

 

summary:要約

argument:議論、主張

 

Concluding sentenceはパラグラフで与えられた内容を

要約する文章だから、argumentを要約するのかな?

でも、結果を提示するときに、グラフの説明をするパラグラフでは、

主張なんていれたらだめよね。

argumentだけではなく、descriptionの要約もあるのかも。

 

そしたら、こんな感じ?

 

descriptionのsummaryとして考えた例

Topic sentence:

 このグラフは1900年から2000年のタヌキの捕獲数の変化を表している。

Supporting sentence:

 タヌキの捕獲数は1900年から2000年までの間に50頭から3000頭まで、

 5年おきの周期的な変動を示しながら増加した。

Concluding sentence:

 タヌキの捕獲数は1900年以降、2000年まで増加傾向にある。

 (捕獲が増えたからって、タヌキの個体数が増えたとか余計な主張はしない)

 

argumentのsummaryとして考えた例

Topic sentence:

 近年、いくつかの人間に関わる理由でタヌキが増えている。

Supporting sentence:

 第一に、狸寝入りは過去のものとなり、車にすばやく反応するため、

     タヌキの交通事故が減った。

 第二に、タヌキが残飯を食べるようになり、今までよりこどもを

     多く産むようになった。

 第三に、タヌキの主な死亡要因である疥癬症(皮膚病)にかかった

     タヌキが、動物園で保護され治療されることが多くなった。

Concluding sentence:

 タヌキと人間の関係が変化したことで、タヌキは個体数を増加させている。

  (Topic sentenceの主張を別の言葉で言い換えた)

 

これらの例はわからないなりに自分で考えたものであり、

間違っているかもしれない。

(間違ってたらコメントで教えてください)

 

だが、discriptionとargumentという2つに種類を分けて考えると、

結論文に何を書くべきか、少し理解が進んだような気がする。

 

結局、こんなところかなぁ。

■Concluding sentenceに書くべき内容■

Topic sentence で掲げた内容の要約を書く。

 discriptionのパラグラフでは、全体像。

 argumentのパラグラフでは、主張。